統一教会による金銭トラブルは「日本人の宗教観」に由来する理由【中田考】
ハサン中田考が語る「安倍暗殺と統一教会」《特別寄稿:後編》
■統一教会の日本の安全保障上の真の危険とは
しかしグローバルに視野を広げると、それではすみません。サタンの勢力である共産主義国家群を滅ぼし、イエス再臨の地である韓国を中心に世界人類を統一するという救済論に基づいて第三次世界大戦を引き起こすための資金獲得という目的で、統一教会は日本における政治優位の多宗教共存体制を戦略的に利用しているのです。そうであるならば、彼らの霊感商法、信徒への献金の強要をこれ以上黙認し続けることは日本の安全保障への脅威となりかねません。
統一教会の日本の安全保障上の真の危険は、反共や家父長制的家族観などの共通の価値観に訴えることで異教徒の政治家(自民党幹部)に取り入って選挙における集票マシーンとなる見返りに、自民党から合法な宗教団体であるとのお墨付きを得て、霊感商法や信者からの強引な集金活動などにお目こぼしをしてもらい、それを資金源にして、世界を神の陣営とサタンの陣営に分断しサタンの陣営を滅ぼす第三次世界大戦を引き起こし、それに日本を巻き込むことです。
統一教会の理念、目的とその戦略と活動を正しく理解することは、日本の安全保障上の喫緊の課題となります。しかしそのためには、統一教会を幹部が霊感商法などで善男善女を騙して金を吸い上げる単なる詐欺集団であると考えてしまう日本人の宗教理解のマインドセットをリセットしなければなりません。
事件直後、日本の大手メディアの一部は「統一教会」の名前を伏せていました。しかしSNSなどでの批判を承けて、各社ともに争って事件の背景として統一教会の危険なカルト性と安倍一族、自民党との癒着の実態を暴き出し、反社会的なカルトの政治の癒着を批判しました。政治学者の上久保誠人は、自民党と神道系の宗教団体をルーツとする右派組織「日本会議」、創価学会(公明党)と自民党との関係とも比較した上で、事件報道を検証し、以下のように述べています。
日本においては、政党が宗教団体を集票に利用し、宗教団体の組織的拡大を許してきたのは確かだ。だが、宗教団体の要望に沿った政策を一切実現しなかったこともまた事実である。宗教団体側も、過度な政治的要求は控え、会員増と資金増による「組織存続」のために政治と接することに徹してきた。その意味で、日本では政教分離の原則が守られているという、一定の評価はできるのではないか。
安倍政権以降の自公政権は、勝共連合(統一教会)が掲げる「ジェンダーフリーや過激な性教育の廃止」「男女共同参画社会基本法の改廃」などの政治目標を全く政策に採用していません。にもかかわらず、統一教会が国会議員事務所を日常的にほぼ無償の形で手伝い、選挙時には信者を動員して運動を繰り広げ、自民党の集票マシーンに徹しました。それは自民党の有力な支持団体となって「社会的な信用」を得れば信者を集めやすくなり、信者を集められれば「献金」「お布施」などの資金集めがやりやすくなるからです。
その上で上久保は、日本では政教分離の原則は守られており、安倍殺害事件をきっかけに、統一教会への過度なバッシング、活動制限といった、事実上の「宗教弾圧」は「信教の自由」にとどまらず、「言論の自由」「思想信条の自由」「学問の自由」の権力による制限につながりかねず避けるべきであるが、統一教会などの宗教による被害者やその家族についての救済は進めなければならず、そのために、政治家が宗教団体に「お墨付き」を与えて集票組織として使うことは慎むべき、と結論しています。(上久保誠人‟統一教会、日本会議、創価学会…自民党「宗教で票集め」の冷徹な実態“、DIAMONDonline、2022年7月26日)。
筆者は本稿で略述した日本の一般的な宗教意識、政教状況に照らすと、上久保の分析、提言は妥当なものだと考えています。しかし上久保は、統一教会が自民党に癒着していながらも政権党である自民党に影響を及ぼしてその政治綱領を国政に全く反映させることができていないことをもって、統一教会の政治的影響を否定し、あくまでも信徒とその家族への被害の救済だけにしか着目していません。つまり統一教会が「純粋な」信仰に基づく「原理主義的な」教団であって、日本人の心性に合わせて戦略的に日本の支部を集金マシーンかして得た資金で、アメリカの政治に影響を及ぼし、それによって間接的にアメリカの属国である日本にも政治的に大きな影響を与えている点に言及していないことで、上久保には国際情勢における日本の統一教会の役割への視点が欠落しているのは問題です。そしてそれは日本人の宗教観のマインドセットの呪縛によるものだと私は考えています。
少し丁寧に説明しましょう。本稿で概説した通り、形而上学的理念を棚上げし政治に従属し「宗教」を風俗慣習的儀式、祭礼に矮小化する世俗的宗教観は、江戸時代に成立した特殊日本的なもので、普遍的に通用するものではありません。筆者の専門とするイスラームは特にそうですが、イスラームだけではありません。アブラハム的啓示一神教であるユダヤ教やキリスト教は一貫した政治理論を持っています。イスラエルはパレスチナの地をユダヤ人に与えるとの聖書の約束を根拠に建国されました。カトリックのローマ教皇はバチカン市国の元首でもあります。
アメリカでは大統領が就任式で聖書に手をおいて宣誓をするだけでなく、就任式で牧師が説教をします。ニクソン元大統領(1994年)の大統領就任式で説教を行ったビリー・グラハム牧師(2018没)は1992年、1994年には北朝鮮を訪れ当時のブッシュ大統領、クリントン大統領の伝言を金日成主席に伝えています。
しかし世俗化が進んだ西欧近代においては、社会科学やメディアでは世俗主義、ナショナリズム、リベラリズムの価値観を内面化したリベラル世俗主義ナショナリストがヘゲモニーを握っています。そこで明治維新以来、日本に入ってくる世界の情報の大半は欧米、特に圧倒的にアメリカ経由です。ですから日本人が見る世界はリベラル世俗主義ナショナリストの色眼鏡を通したものです。このリベラル世俗主義ナショナリストの宗教観はある意味で江戸時代以来の日本人の宗教観と似ています。そのため欧米の学界、メディアのフィルターと、日本の学界、メディアのフィルターの二重のフィルターを通して見られた世界の宗教情勢は、リベラリズム、世俗主義、ナショナリズムのバイアスが強化されたものになっています。
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